有機溶剤中毒: 急性中毒と慢性中毒。多くの有機溶剤があり、その毒性によって、精神・神経障害、皮膚・粘膜障害、呼吸器障害、肝障害や腎障害などを引き起こす。

※発症の多い業種: 塗装、メッキ、印刷、有機溶剤の混合・撹拌などの金属・造船関連など

 有機溶剤とは、油やロウ、樹脂、ゴム、塗料など水に溶けないものを溶かす有機化合物で、揮発しやすく工業的な用途に使われるものを指します。日本での使用量は石油化学工業の発展や需要の増加で1960年代から急増してきました。石油や、灯油、シンナーや接着剤などが有機溶剤であり扱いによって有害なことはみなさんもご承知のことと思います。

 また最近では、有機溶剤以外にも、たくさんの種類の化学物質が様々な研究開発や製造工程の中で用いられるようになっていて、その数は67,000ともいわれます。

 法令として有機溶剤中毒予防規則(有機則)、特定化学物質等障害予防規則(特化則)等で特に有害な有機溶剤や化学物質についての取り扱い規則が定められていますが、そこで挙げられている対象物質は、たった130物質でしかありません。実際には新しい有機溶剤や化学物質がどんどん使われています。これら新しい溶剤や化学物質を使った場合の毒性については、わかっていないことばかりで実際に扱う労働者にとっては非常に危険な現状です。

 こうした有機溶剤や化学物質にばく露すると、高濃度の場合は急性中毒に、低濃度でも長期間のばく露で慢性中毒を引き起こします。

 《有機溶剤や化学物質によって起こる職業病》 有機溶剤や化学物質が引き起こす職業病には、様々なものがあります。発ガン性についてはベンゼン(サンダルのゴムのりに用いられた)の白血病、再生不良性貧血があまりに有名です。n-ヘキサンの末梢神経障害(手足のしびれ)、トルエンやトリクロロエチレンによる脳の萎縮や脳波異常、トルエン、スチレン、パークロロエチレンによる視力低下、視野狭窄、トルエン、クリーニングソルベント、灯油による貧血などは有名です。

 最近では、オフセット校正印刷の現場で使用していたジクロロプロパンが原因で印刷工に胆管がんが多発した事件や、オルト-トルイジンという化学物質を使用していた化学工場で従業員に膀胱がんが多発した事件などが報告されています。

 《急性中毒》 密閉されたタンクやトンネル、大きな槽、缶内で高濃度の蒸気を吸って頭痛、めまい、吐き気を起こし気を失って死に至る急性中毒も未だに無くなっていません。臭うからといってわざわざ密閉したり、床の汚れ落としに溶剤を使って掃除したりするということは大変危険なのです。急性中毒では死亡しなくても後遺症が残ることが多いと言われてます。

 《慢性中毒》 溶剤は蒸気を吸うことで肺から、触れることで皮膚から体内に入ります。次いで全身を血液とともに回ります。一部は呼気から排泄されますが、脳や神経に結合し、肝臓で抱合、分解を受けたりした後、腎臓を通り尿に排泄されます。(だから溶剤によっては尿の代謝産物を測ることによってどのくらい溶剤を吸収したかが推測できます。)有機溶剤の共通する毒性をあげれば、①揮発性が大きく(臭う)、呼吸器から吸入されやすい②脂溶性が大きく、脂質が多い神経、脳に結合蓄積されやすい③粘膜や皮膚に刺激作用があるということです。

 《慢性中毒の症状》 有機溶剤の慢性中毒の症状は、多彩であると同時にあいまいなものが多く、有機溶剤を使っていることに注意していなければ見逃してしまうこともあり、医師も見落としてしまうことが少なくありません。簡単に自分でチェックできる症状として、①手が荒れる、②異常に疲れた感じ、足がだるい、③頭痛・頭痛感・めまい、④いらいら・不眠・夢見が悪い、⑤胃のもたれ・食欲がない、また、酒に弱くなる、溶剤に「酔う」、溶剤の臭いをかぐとスッとする(嗜癖・シンナー中毒)などの症状もあります。これらの症状があれば赤信号と考え、溶剤との接触を断つべきです。

 列記すると、①精神・神経障害:多発神経炎、視神経炎、小脳失調、初老期痴呆など(症状は頭痛、頭重感、いらいら、めまい、不眠、記憶力の低下、失神、手足のしびれ感、神経痛、脱力、麻痺など)②皮膚・粘膜障害:皮膚炎、結膜炎、上気道炎など(症状は皮膚のあれ、かゆみ、なみだ、目の充血、くしゃみ、せきなど)③呼吸器障害:慢性気管支炎など(症状はせき、たん、息苦しさなど)④肝障害⑤腎障害(タンパク尿、血尿など)⑥造血器障害:再生不良性貧血、白血病、貧血など、⑦発ガン性があげられます。慢性中毒は一旦進むと大変なおりにくいのでかかってからの治療よりもどうしたらかからないですむかという予防が一番大切なのです。

 溶剤の急性中毒は立証が比較的簡単ですが、慢性中毒は実証が困難で、多くの患者が潜在し、職業病と診断されずに治療を受けていることが予想されます。したがって使用職場では慢性中毒の可能性を厳しくチェックする必要があります。 大ざっぱに職種、職場を分類すると①有機溶剤の製造、②有機溶剤含有物の製造(塗料、インク、接着剤、洗浄剤、払拭く剤等)③有機溶剤(含有量)の使用。

 問題なのは①溶剤を使っていると知らされていない、知らされていても有害物とは知らされていない場合(相談が寄せられた例でも有害物表示や安全教育をしていた会社は少なく、いろいろ聞いてやっと有機溶剤を使っていることがわかることもあります。汚れがよくとれたり臭う液はほとんど有機溶剤ですから、仕入れ先や製造会社、缶などの容器の表示を確認して何を使っているのか知っておく必要があります)。②混合溶剤として使っているのが大多数で何をどれくらい含んでいるのかわからない(企業秘密)。混合溶剤では相乗作業で毒性が強くなる可能性が高いとともに、労災認定に当たっては「塗料中毒」「シンナー中毒」でなく「トルエン中毒」等の単剤名で認定する傾向があり、混合溶剤では労災認定されにくくなってきているという問題があります。