<相談事例>ヘアーカット専門店の理容師が発症した上肢障害の労災

機関紙「安全と健康 Safety and Health」に掲載している「相談から」の記事の一部抜粋したものを紹介します
記事の内容は掲載時のものになります。

右上腕骨外側上顆炎を発症し休業

Yさん(男性、49歳)はS県内のショッピングモール内にあるヘアーカット専門のチェーン店で理容師として働いていました。店舗の席数は4席あり、Yさんを入れて常勤職が5名とパート、出向者3名が1か月の変形労働時間制のもとでシフトを組んで接客していました。
Yさんはベテランの理容師として10年以上勤務してきましたが、昨年9月初め、右肘の痛みを覚えました。店長に肘の調子がよくないと伝えましたが、何とか我慢して仕事を続けていたところ、9月下旬、痛みがひどく耐えられなくなったため近くの整形外科クリニックを受診。右上腕骨外側上顆炎と診断され、休業して治療することになりました。
Yさんの一日の実働は約9時間30分、休憩時間は1時間、休日は月8日、残業は月平均20時間でした。客が来店すると0-5分で客からスタイルの注文を受け、施術(カット)の準備入ります。施術開始から終了まで6分-11分、16分-20分で後片付け、次の入客準備をします。1施術回転は15分-20分、1時間3人、1日30人、1か月22日勤務で最大で660人ほどを接客します。
ヘアーカットでは、右手にハサミをもち、左手で 客の髪をすきながら小刻みにハサミでカットしたり、バリカンで頭髪を刈ったりします。両上肢を浮かし、手指を微妙に動かしながらハサミやくしを操作します。客にケガを負わせないように細心の注意と緊張 が強いられます。 Yさんは長年の理髪業務で右手、右肘を酷使したため発症したものと考え、労災請求することにしました。Yさんの申し出を受けた会社は、労災請求書 の5号(療養補償給付請求)、8号(休業補償給付請求)の作成に協力しました。

発症3か月前からカット人数増で認定

理容師としてキャリアをもつYさんが、なぜ昨年の9月から右肘が痛み出したのか。改めて自分が施術した毎月のカット人数を調べてみました。

<2023年月間カット人数>
1月 562人、2月 585人、3月 678人、4月 668人、5月 682人
6月 777人★、7月 815人★、8月 734人★、9月 473人(発症後)

これを見れば一目瞭然。6月からカット人数が急に増えていることが分かります。この時期から客の来店数が増え、くわえて、店舗の人員に異動があり、Yさんの仕事量が増えていたのです。前年同期に比べても昨年6月以降のカット人数は増加していました。
さらに他の理容師のカット人数とも比較してみたところ、明らかにYさんが他の理容師に比べても6 月以降、増加していることが分かりました。Yさんは各月の業務量を表すカット人数の数値の変化を表とグラフにまとめた資料を作成しました。6月以降の接客パターンでは、1施術回転が13分-15分、1時間4人、1日35人-40人に増えており、また他の理容師と1日当たりのカット人数を比較し、Yさんのカット人数が10%以上増えている日が、6月以降増えていることを実証しました。
Yさんは労基署に提出する申立書の結論で、「一日中、過度な作業ペースによって、ハサミで『怪我を負わせてはいけない』と過度の緊張も強く感じていました。長時間にわたり、首や肩が定位置のまま、肘を浮かせて手首を曲げ入れて連続的に親指の反復運動や親指を除く四指の素早い反復運動により、静的な筋疲労が溜まり発症したと思います。」と述べ、労災認定を求めました。2024年1月、B労基署に申立書、資料を提出。約3か月後に労災保険の支給決定通知を受けることができました。Yさんは同年4月から仕事に復帰しています。

上肢障害の認定基準と「過重な業務」の評価

厚生労働省の「上肢障害の労災認定基準」では、「①上肢障害に負担のかかる作業を主とする業務に相当 期間従事した後に発症したものであること。②発症前に過重な業務に従事したこと。③過重な業務への就労と発症までの経過が医学的妥当なものと認められること。」が要件とされています。
②の「過重な業務に就労した」とは、「同種の労働者よりも10%以上業務量が多い日が3か月程度続いた」(業務量がほぼ一定している場合)、「①1日の業務量が通常より20%以上多い日が、1か月に10日程度ありそれが3か月程続いた (1か月の業務量の総量が通常とおなじでもよい)、②1日の労働時間の3分の1程度の時間に行う業務量が通常より20%以上多い日が、1か月に10日程度あり、それが3か月程度続いた (1日の平均では通常と同じでよい)」 (業務量にばらつきがあるような場合) とされています。
上肢障害の労災では、何をもって「過重な業務に就労した」と評価すべきかが問題となります。Yさんの事例では、業務量をカット人数としてとらえ、その変化が認定要件をみたしていたことで比較的短期間に業務上認定を得ることができました。

カット専門店の理髪師の職業病

だれしも理髪店、美容室で理容師さんのお世話になっていると思います。理容師さんの職業病といえば、シャンプーや薬剤などによる手荒れ、皮膚炎が想起されます。一方、街角にあるカット専門店では、低料金でスピードと丁寧な仕上がりが売りになっています。売上を上げるためには短時間に多くの接客数をこなさなければなりません。理容師さんたちの上肢障害の発症リスクを減らすためには、小まめな休憩、長時間労働の削減、人員増が求められると思います。

安全と健康 Safety and Health「相談から」2024年6月号

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